やがて空路の旅立ちも間近かなころ、
母親の実家に
寝泊りしていて。
幼い距離感覚で手さぐりして。
おじいちゃんのお家も遠いし
オランダも遠いし
どうして
みんな遠いの?
と、解けぬ距離をいぶかしんだその孫むすめが。
空に風車のあるアムステルダムの町で満四歳の日をむかえて、
これ、オランダの歌よ。と、
訳のわからぬ声で
電話のむこうで
うたった。
電話のうたは
遠いか
近いか。
おじいちゃんの距離感覚が聴くのは、
人生は、
遠かったり
近かったり
そうしていのちの距離というものがある、ということだ。
チューリップの花のオランダは、
手がとどかぬけれども、
だからといって
いのちを引き裂く遠さではない。
幼年と
老年は、
はるかな年月だけれども
まるごと言葉の絶える距(へだ)たりではない。
地図の距離が
手も、思いも
とどかぬ
絶対空間となって引き裂かれるのは、
子供を戦争にとられた母たち、夫を戦争にとられた妻たち、
父を戦争に失った子供たちの
その歎(なげ)きにおいてだ。
還って来るいっときの距離と。
還らぬいのちの距離と。
その区別(けじめ)の
分る日まで
由佳子。おじいちゃんはアムステルダムへの手紙に書く。
オランダのうたは、
遠い、と。
天下未年・伊藤信吉詩集より
一九九七年初版 新日本出版社
新年 おめでとうございます
今年もよろしくお願い申し上げます
平成十二年 元旦
(株)オランダ屋書店
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